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3.11の記憶

8年前の東日本大震災を振り返ってた。
あの頃の自分はどうだったのかー。

週5日6日で朝から夜遅くまで働き詰めの頃で
(よくやってたなぁと思う。今は無理だ)
仕事現場で作業をしていた時に被災して帰宅難民になった。
多摩川にかかる橋を歩いて渡り
都内に入ってからもひたすら歩いて家にたどり着いたけど
あの映像を見るまでは
こんな非日常的な出来事に遭遇した事に
正直どこかでワクワクしてる自分もいた。

それもこれも自分や家族、取り巻く周囲の人達に
大きな被害が及ばなかったから思える身勝手さでもあり
想像力の欠如である事を後で思い知る訳だけど。

帰ってからTVに映し出された映像を見て
事のあまりの大きさに絶句した。
どこか浮ついた意識から一気に引き戻された。

当時の自分は生活する事自体に疲弊してて
この先の希望や出口の見えない日々を過ごしながら
閉塞感を抱えてた頃ー。

震災から間もなくして仕事復帰の帰り道、
乗り換え駅の掲示板に
「No More 福島」だったろうか、
日本語で書かれたプラカードを掲げた
海外の人たちのデモの写真が貼られていた。
それを見た時、突然内側から何かが込み上げて来て
嗚咽が止まらなくなった。

「どうしたんだろ!?何これは?!」
「自分じゃない何かが感じてる」と
頭の中ではそう言っているけど止まらなかった。

改札口を出る時、前を行き交うたくさんの人たちと
自分とが「繋がっている」という感覚が一気にやってきた。
こんなフラッシュのような経験は初めてだった。
又しても頭は「何、コレ?!」だったけど
電車に乗っても座っている人たちを目の前に涙が止まらず
最寄りの駅に着く頃にようやく収束した。

目の前にいるのは、見知らぬ人たちなのに
何故か自分にとって優しく温かい存在に感じられていた。

あれは目覚めの一発とも言える体験だったなぁ。
あの時の記憶は忘れられない。

全てと繋がっている世界をあの瞬間に感じたのなら
日常とのギャップを埋めていくプロセスの中に今はいる。
昨年後半あたりからようやく
そう感じられるようになった気がする。




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訓練

ものごとを始める前にどう出来上がるか、
どうしたいか等々のイメージをしてみるけれど
イメージ途中でさえ自動反応の様に
その中の視覚に入るものに反応しては
どんどん横道に逸れていく。

立ち戻りながらも
次第に自分の頭の中が散漫な状態になって
最初何をしようとしてたのか、
自分の望んでるイメージが
分からなくなる事がある。

そうやってイメージを明確化出来ない事が結構ある。

今必要な事だけにアクセスするのが
思ってたよりも難しい。

自分が今まで取り込んできた
その時々の不要なものに
イメージも左右されてるんだなぁと感じる。
=意識が整理されてないって事だよなぁとつくづく…。

やはり不要なものは手放したいけど
感覚的な自分を信じて実行するには
それなりの訓練が必要なのを
実感する日々ー。


感覚的になる

目隠しをして過ごすエクササイズ。
ワーク内で他の仲間に出されたエクササイズだけど
ホワイトボード同様、今こそ有効な気がして
私もやってみることにー。

取り敢えず食器洗いから始めてみたけど
あ〜、へぇ〜、う〜ん、なるほど〜的な発見。
(これじゃ伝わらないか 笑)
いつもと違う感覚…(そりゃそうだよね)
身体を通して伝わる感覚の差異がよく感じられる。

おー!すすぎの水は
少なめチョロチョロでも
充分洗剤が落ちるではないですか…私が知らなかっただけ?!
でもこれって=水道量が減る=水道代が安く済む。

油の付いたお皿は事前に紙で拭き取ったり
油を使ってないお皿は水洗いしたりと
それなりに気を付けてはいたけど
流す水の量は案外とぞんざいな扱いだった事に気付かされる。

ついでに左手を利き手にしてみたら…
左は利き手じゃないから
上手く動かせないという情報が
ある程度遮断されるからという事なのか
普段見えてる状態で左手を使って食器を洗うより
違和感が少なく洗いやすかったのは以外ー。

たったこれだけでも
日常の動作が感覚的ではなく
視覚優先で成り立ってることを
再認識しますね。


入学準備

先日ワークの次の日は
新入学前の制服販売のお仕事だった。

久しぶりに販売の仕事ー。
前日から少し緊張気味。

内容は指定の制服の他にオプションの制服を
業者の意向に沿って出来るだけ購入してもらう流れだ。

それにしても業者が勧める品物の購入指定数が
必要以上に多いなという感じ(他の人も同じ感想だった)
夏冬物を同時に購入の申し込みなので
トータルで結構な金額になる。
それをマニュアル通りに勧めることが出来るんだろうか…
ちゃんと会話出来るかな…一抹の不安。

新入学の親御さんと接する内に
自分の子どもたちが高校入学した時の事を思い出していた。
娘の時は祖父母が入学祝いとして必要な制服一式のお金を出してくれた。
ありがたかったが制服代にかかる負担はかなり大きくて
申し訳ない気持ちになった事を思い出した。

制服代を負担に思わない世帯もあると思うけど
親の立場に立って考えれば
子どもの為に仕方なく又は覚悟を決めて割り切る親御さんは多いと思うし
必要以外の物は出来るだけ数を減らしたいというのが心情だろうなと思ったら、
業者の勧めるマニュアル通りの対応が出来ず
一応こちらの意向を伝えた上で
相手のニーズに沿う形での購入のお勧めをする事にした。
そう決めると少し視界が広がった気がして対話も楽になった。

振り返ってみると
子どもたちが高校に無事入学出来たことは嬉しかったけど
当時から日常かかるお金の心配が常にあった上に
自分たちの生活に新たな支出が増えることの負担は大きかった。
入学を前にして既に自分たちが疲弊していたなぁと。

当時は親としての自分も
周囲の環境や人間関係の中でいつも周りと比較しては
親のエゴで物事を決めていたような時期だったと今なら思う。
自分自身のいる環境を受け入れられなかったゆえだったことを
改めて思い出させてくれました。



シンプルに

ブログの下書きを貯めたまま
アップもせずにそのまま暫く休止状態が続いた。

下書きを読み返しながら改めて
12月後半の自分の状態が閉塞感と言うか、
どん詰まりに向かってたなと思う。

1月に入ってからは
インフルエンザに気管支炎を併発ー。
インフル特有の関節の痛みも首から下は殆どないのに
頭の骨関節がかなり痛くて疲弊した。
「これは何が起きてるか知るチャンス」だ。
「痛みにアクセスしよう」は
一度考えたものの全く功を奏せず…
出来たのは身体の感覚と共にいる事だけ。

ただ病んでる身体にとって
必要なものは何かの選択がハッキリしてたし
身体もその通りの反応をしてくれた。
これは自分の感覚に沿うしかない状況だったからなんだろう。
日常が常にその感覚でいれたら
どんなに楽だろうかーという事について考えた。
まずは自分自身の感覚に沿うことだけど
その前にそれを拾えてるか否かが
大事だなと思った時に
やはり日常は拾えてない気が大いにしてる。
分かり易い出来事の時は集中してそれなりにやって来れたけど
もう立ち行かない事は分かってるはず。

自分自身に取り入れるものについて
もう少しシンプルにいこうと考えた。
身体に取り入れるものも、情報も、意識の捉え方も
色んなところに無駄が多いと感じていたし
何より感覚よりも思考に偏ってるのに気づかない事が
結構ヤバい。

今は気をつけるポイント◎。

他にも思うところが色々出たけど
何より日常の中に反映されてる肯定性も
(それに気がついてるか、どうかというのはあるけど)
心から認めてあげることは、自分自身を肯定する意味で
同じくらい大事な事だったなと感じている。


(後からの自分自身の参考資料として
書き終えてた下書きは
取り敢えずアップしました。)
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