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場は意識

風呂場と台所と便所ー。
水場は自分の内側に向かう場所。
自分の家の居間は
細胞の凝りをほぐして緩めてくれる場所でもあり
想像する空間かな。
玄関は自分の世界と外界を行き来する為の入り口。

最近、玄関の扉が固くて開閉しづらい。

玄関の事を考えていた訳ではないけど
風呂場で湯船に浸かってたら
最近考えていた事への答えや
今膨れつつある疑問へのヒントが
いくつか流れてきたけど
風呂場から出たとたん希薄になっていく〜。
歯がゆい。

玄関の扉はもしかして
その状態を表しているのかも知れないな。

“場は意識が創り出している”
まだ表面的なとこに目が行ってしまいがちだけど
ずっと大事なことを脇に置いてるような気がして。
最近家族との関わりの中で感じてたことだから
今あるヒントを手繰り寄せて
やってみないと分からないんだな、やっぱり。

出来てなかっただけで
私が書いてることは
当たり前のことだね。





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Keep yourself alive

誕生日の今日は
料金半額レディースデーに合わせて
映画『ボヘミアンラプソディー』を観に行って来た。
ずっと記憶に残りそう。

フレディの声が記憶と相まって
身体全体に沁み渡った感じ。

何かとても大事なこと…
フレディの生き方そのものを通して
死は霊的成長における
ひとつの通過点に過ぎないんじゃないかと
感じたんだ。

フレディの肉体は死によって消えてしまったけど
“生”というか、フレディのスピリットを感じた映画だった。

もう一つは
同性愛者への理解もあの時代から格段に進んだけれど
古い宗教的観念の元に植え付けられてきた
罪悪感をどれだけの人が手放せたんだろうという事。
あの時代は勇気を持って
同性愛である事をカミングアウトしたとしても
そこと葛藤しながら罪悪感を持ち続けた人も
たくさんいたに違いないのだろうなと思う。

フレディの生きてた時代は
エイズが免疫不全の新しい病で
まだ多くの人が不治の病いとして戦っていた時代。
そんな先も見えない病気と対峙しながら
不安と罪悪感の中で亡くなった人が
たくさんいたんだろうなって。

フレディがそうだったかどうか
本当のところは分からないけど
フレディの生い立ちや経緯を知ると
エイズが免疫不全の自滅に向かうエネルギーだとしたら
それもあり得るかも知れないと思った。

だとしても大事なのは、
フレディが自分自身として生きる事の意義を
この映画を観てる多くの人に
示してくれたことなんだろうと思う。

いつだったか初めて映像で観た
ウエンブリースタジアムでのライブエイドの映像は
本当に圧巻で映像に釘付けだった。

Queenは演奏はもちろん、
フレディの声とコーラスが本当に魅力的なバンド。
しばらく再燃したまま年越ししそう。

誕生日をQueenで締めくくる。
何だか嬉しい。












容量

突然のインターネットの不具合?!で
今日のブログに書いてた文章が保存されずに消えてしまった。
書き直そうかと思ったけれど
少しエネルギー切れな感じ。

そう言えば最近スマホも
例えば充電を26%くらいを残して急に落ちたり、
よく使うPadも同様で
そろそろ容量オーバーなのかも知れない。

家の中も用途に合わせて配置換えを始めたけど
イメージした部屋にするには
今のままだと容量オーバーな感じで
昼間は奥から手紙ハガキの類を引っ張り出して処分、処分〜のはずが
見入ってしまい中々進まず…。

12月中には完了したい。











向かう方向

11月はこの先の方向性を明確にする為のエネルギー、
12月はそこに生じたギャップを詰めていくエネルギーが
自分の中で動いているような感じ。

先月後半のシェア会の辺りは
落ち込みが深くて
このままそこから出られないのではないかと
苦しい時間を過ごした。

色々と疑心暗鬼になりながらも
“出来ない自分”を受け入れられるかどうかの
瀬戸際だったと思う。

ちゃんと受け入れられたかと言えば
もう少し課題は残っていると思うけど進むしかない。
楽観視はしてないけど
悲観的にもなってないのはいいなと思う。

自分の内側の答えが先に来る事は
今まで何度かあったけど
いつも迷いの中にあって
ただ自分にとって本当に大事な局面での選択は
そこに沿って決めてきたように感じられるから
もっと自分を信じていいのかなと
思ったりする。


人生ゲーム

つい先日
振込のためのお金の計算をしながらふと思った…
(お札を手に取り数えたながら)

これは…ゲームだ、人生ゲームだ。
子どもの頃に家族とよく遊んで盛り上がった
『人生ゲーム』を思い出した。

当時の人生ゲームは
ルーレットに運に任せてゲーム盤の上にある
コマ(車)でゴールを目指す。
途中お金を得たり失ったり。
誰かから取られたり取ったり。
大損したり儲けたり…
運の良し悪しで人生が左右されるゲーム。
人生勝ち負けのようなゲーム。

ゲームだったけど
自分の人生に一攫千金の様な出来事があったらいいなと夢を見て
そんな人生がどっからかやって来るんじゃないかと
根拠のない期待を抱いてた気がする。
それと同時に全てを失ってしまう恐れも抱いた。
運がいいから、運が悪いから…

自分の意識が自分の現実を創ってるなんて
考えてもいない頃ー。

私たちは人生ゲームの
実写版を生きてるみたいだと思った。


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