了仙寺参道(ペリーロード)


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ペリーロードの入り口付近です。
(道が切れてますね💦)

道は1854年の日米下田条約が締結された場所「了仙寺」まで続きます。
この小道をペリー率いる一行は行進したんですね。
沿道は人垣が連なり大変な騒ぎで
アメリカ側はこの時、総勢300人を超える大行列だったそうです。

自分がその中のひとりだったら、
その時代のひとりだつたらと想像するに
大きな好奇心と不安の中に居て
もしかすると何か希望のようなものも感じていたかも知れない。

多分、今も昔も希望への道は決して広くはないけれど
意識の在り方に沿って必ず見えるものであり
自分の意識次第ではいかようにも広げられるのかも知れない。
それも又希望のひとつです。


〈ペリーロード〉
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了仙寺に向かうペリーロードは続きます。
平滑川を挟む小道沿いには、
目地に漆喰を盛り上げた継目が特徴のなまこ壁や(写真正面)
伊豆石造りの家が並んでいます。


〈了仙寺の参道入り口付近〉
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当時の了仙寺境内の様子は
アメリカ側が連れてきた絵描きさんの描いたイラストで知ることが出来ます。
(前出の写真の中にも)

当時、絵は写真の役割を果たしていたんだよね。
そう言えば、先に出た城山公園の中に
日本における商業写真の開祖と言われる
下岡蓮杖さんの記念碑があったことを思い出しました。


記念碑

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写真は下田港の入江に建つペリー上陸の記念碑ー。

直ぐそばにある紫陽花でも知られた城山公園内には
開港100年を記念して建てられた開国記念碑があり
ペリーとハリスのレリーフと共にそれぞれの言葉が刻まれている。
平和であったり友好であったりー。

他にも、カーター元大統領の友好を示した記念碑や
ブッシュ元大統領の言葉が刻まれた石碑もありました。
311東日本大震災の折には、いち早いアメリカ側の援助に対して
感謝の意と共に、永遠の「トモダチ」を宣言するという石婢がー。
この先には下田城址跡もあるのですが
アメリカとの結びつきの強さを表している場所でもありました。

紫陽花の季節ににはまだ早く
平日だったからなんでしょうか、人の姿も数人と出会う程度ー
それが返って見えない所に記念碑と言う楔を打ち込まれているような
複雑な気持ちになっていました。




今昔

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しばし想いを馳せる。


(下田より帰って来ました)






下田まで



今日はこれから下田旅行に行ってきます。
日本開国の歴史が息づく土地の空気を
肌で感じられるかな。