Mieko'sワーク♫ 「活エネルギー三本立て」編

新宿どん底


今回は新宿伊勢丹、寄席「末広亭」、居酒屋「どん底」の三本立てという長時間の濃いメニューでした。

伊勢丹では自由なアイディアの広がりに触れ、

初めてのライブ寄席では表現方法としての言葉の持つ意味に触れ

「どん底」では時間と場が持つものについて感じていました。

引力のある自己表現って技術や経験というより、その人の活エネルギーなんだって信じるよ。





孤独ではなく

結局、人というのはひとりなんだ。

だから全ては自分の責任なんだ。

きょう自転車をこぎながら浮かんできた言葉です。

頭のどこかにスカッと風が流れ

自分に責任を持てるって、むしろ自由なんじゃないかと思いました。



沸騰寸前

自分の中に眠る聖人君主と仲良くしても先になんか進めない。

このまま具合が悪くなる一方だ。

どんな自分だっていいじゃないか。

よどみのない自分でいようとするから淀んでいくー。

さっさとそのカサブタを剥してしまえ! 先に進むにはそれしかないと心が言う。




珈琲

荻窪邪宗門


独身の頃はどちらかと言うと紅茶派で珈琲には砂糖を入れないと苦くて飲めなかった。

その内、珈琲派の夫がバイト仕込みの苦みの少ない珈琲を入れてくれるようになり

その時初めてストレート珈琲を飲んだのだけれど、珈琲豆も種類でこんなに味が違うのだと知った。

今も相変わらず苦みの強い珈琲は苦手だけれど、珈琲の香りは周波数がアップする。

丁寧に淹れた珈琲に口をつける最初の瞬間が好き。





維持か意地か・・

お盆のお墓参りからまだ一週間も経っていないのに

随分日が経ったように感じている。

今月に入ってから、時の経つのが本当に早い。

明後日からはまた催事の仕事が始まるが

維持するためにやらなきゃならない状況を造るのはそろそろ卒業したい。




ここから

独身の時に気に入って月賦で買ったチェストの上の台付鏡がある場所ー。

布をかぶせたまましばらく覗いてもいなかったのに気が付き掃除をしつつ

覆っていた布をめくると場の雰囲気が変わった。

台付鏡は結婚する時に義母からプレゼントされて一目で気に入ったものー。

何か分からないけど「ここから始めよう」と思った。




ひたすら眠い

そこから少し距離を置きたい。

心と身体のバランスの為にも。

仕事場のバックヤードも自分の家の中も物が収まってはいるものの

見渡せば全く雑然としていて、仕事も家も自分の心の中と同じ状態になっている。

自分にとって必要なものって何かと問いかけている。







8月15日

今日8月15日は終戦記念日。

危うい方向性に向かう今の日本を憂えている今日この頃ー。

自分の望む世界は小さな頃から争いのない平和な世界に変わりはない。

今は心から腹の底からそう思う。


そして蛇足ながら「年齢と一緒で柔軟性のある年にしたい」と言う夫の誕生日でもある。





  


ようやく

今ようやく気持ちが落ち着いてきたところかな。

怒涛の7月を過ぎて少し気がゆるんでいたと思う。

8月初旬に面食らって目が覚めたー。

わざわざ喧噪の中で過ごしたいわけじゃないし

自分らしく生きることの意味をもう一度考えたいと思う。






かき氷

炎天下の中、長蛇の列が続くー。

長い時間気が遠くなりそうな暑さに耐えながら、たくさんの人が自分の番を待っている。

目的が達成された時に何人ものひとが「我慢したかいがあった」と歓喜の声を上げたけど

何だかずっと違和感を感じていた。

もしも私の中にある達成感や喜びが苦しみや忍耐の先にあるとするならば・・身体も壊れるわけだ。