帰宅

只今、一泊旅行から帰宅中ー。
今回の旅行では、
今まで自分が大切にしていたものは何だったのかと言う疑問と同時に
日常から切り替わった時の自分の立ち位置を感じたり、
自分が今まで感じられなかった部分なのでしょうか、些細な部分の疑問が浮上してきたりと、
心の中の動きは結構波打っておりましたが、
全体的な流れの中では、どの場面も私にとって貴重だったなと感じています。

赤の旅

今日から一泊で旅行に行って来ます。

最近「赤」がテーマカラーになってる私ですが
この旅もまた「赤」がテーマカラーなんです。

厚いガラスの壁

ここ2.3日に起きていたことを通して基本に立ち戻る必要性を感じました。

気がついたら、いつも正解を求めている自分がいて
それは正しいのだろうかと、判断しています。

自分の受け取るものが、自分にそぐわなければ
自分の何がその状況を引き寄せたのかを観ているつもりになって
自分の何処がいけなかったのだろうという思考に切り替わって
正解を求めていました。

私の中に、まだまだ「良い、悪い」の判断がある事は
先日、実家の出来事を通して気付きましたが
今日も含め3日間立て続けに遭遇した出来事で確認が出来ました。

ワークに参加する事でさえ、どこかで膜がかかる時
私は判断の中にいて、次第に抵抗を感じ始め、憂鬱な気持ちになっているなと思いました。

ここは私にとって大切な場面だと感じてます。
自分が良いと判断してるものほど、逆のものへの否定が強くなるからです。
それは思い返した時に納得しました。
それでは正直な自分でいることなど出来なくなるでしょうし
判断を外す事は、そのままの自分を受け取る事に繋がるからです。

まだまだ受け取れない自分を感じるし
又、それを認めて来なかった自分がいました。
ガラスの厚い壁が、目の前にあるような感覚です。

今日は1日外に出てたので、そんな自分を意識して過ごしました。


空振り

今日は何だか空振りの1日でした。
明後日旅行先で使う物を吉祥寺まで足を伸ばし探し回ったけど見つからず
戻ってきたら地元にあったという…。
象徴的な出来事だなぁ。

振り返ってみて色々気付くのですが、動けなくなった時の切り替えー
もう少し柔軟性が欲しいところです。


判断

今日は夕方に来た義父からの電話に少し苛立ちました。
自分では対処出来ないから、義母を諭して今の状態を何とかして欲しいというものでした。
この状況に頑張って対処している義父だとは分かっているのですが
何とかして欲しいという思いが強く逃げ腰な態度に怒りが湧いてしまいました。

2人と電話口で何度かやり取りする中、出口が見えない恐れを感じていました。
そして電話を切った後、全てが自分の反映ならば、この状況をこのままにしたくないと心から思いました。
今までもそう思って来たはずなのに、状況が好転するのも感じて来たはずなのに、どうしてなのかー。
今なぜこの状況を引き寄せたのかを理解したいと思いました。

そして自分の中にまだまだ「良いこと」「悪いこと」の判断があるのを感じ納得しました。
「良いこと」とは自分にとって都合のいいことでした。
良いことをしようとする事はもしかして、その為に何かをコントロールしようとする方向に
向かうのではないかとも思いました。
好転する状況が良いことと判断してる内は、その反対の悪い状況も引き寄せるとしたら
そんな事を繰り返していると逃げたくもなります。
義父が見せてくれたものは、そんな自分の中の逃げ腰の姿でもあり、
義母が見せてくれているのは、もうこれ以上は現実と向き合えないと言っている
私のこの先の可能性のひとつなのだと思いました。
結局のところ、義父も、義母も、私もひとつの出来事を通して同じ物を見ているんですね。
自分の周りの世界で起こることの責任は自分の責任なんだと実感しました。

だいぶ端折ったような気もしますが、今日はゆっくりお風呂に入って寝ます。



落ち着かない

ここのところ、椅子に座って何かをしていると、下腹のあたりが
たえずモゾモゾと動いているようで、落ち着きません。

何かが渦巻いているような、ジッとしていられない感じがします。
叫びたいような気もするし、何かが噴出してきそうな感じもします。

何かに抵抗している訳でもないと思うのですがー。

こういう時はお風呂に入ろうと思います。
台所の掃除も感覚的にはいいような気がします。




女性としての予定調和

今日は仕事が休みの夫と一緒に1日を家で過ごしました。

ベランダからリビングに射し込む陽の光に、新芽も初々しい植物の緑が息ずく風通しのいい空間ー。
そんな気持ちのいい空間で過ごしながら、美味しく入ったコーヒーを飲んで
リラックスしている自分を感じています。いい1日だなぁー。

…と、本当にそうなんだろうか?!

最近、ちょっとした瞬間に違和感を覚え、少し疑問を感じることがありました。
引っ越し当初はここで過ごす時間のゆっくりとした流れと空間の拡がりを感じて、
お互いに家で過ごす時間の幸せをかみしめていました。
もちろん、今もそんな空間の気持ち良さには変わりはないのですが。

夫と過ごす休日ー
昨日のいい流れから、お互いの会話も結構弾み、作ったご飯も2人で美味しくいただき、音楽聴いて…
なんてやっている内に、やろうとしていた楽しいはずの作業にエネルギーが乗っていかず、
次第に頭が重くなってきたので、布団に横になりました。
そして3時間程眠って起きた時、この晴れない感覚がまだ残ってて気がついたのですが、
これは前の家で感じてた空気感に近いー

空間の気持ちよさが優先されてる中で気がつかなくなってたみたいです。
予定調和の中に浸かって幸せだと思い込んでる感覚ー
表面上はいい感じなもんで、気がついたらそれを壊さないように
どこかで相手に合わせることに思考してたようです。

家庭の中の女性としての役割にまだまだ囚われている自分も感じてます。
まだ漠然としてるけど、そんな自分は人としてと言うよりも
本当はずっと、女性としての幸せを感じたかったという思いが強かったのかも知れません。







同時進行

目の前にある希望を自分に与えてあげる事で起こってくる出来事は、
肯定的な出来事ばかりではなく
否定的な出来事として記憶されたまま、
今の出来事として自分の前に現れることがあります。

私の取り組みと同時に夫もまた、
喜びを選んだ瞬間から起き上がってきた人との繋がりを通して
過去の痛みと向き合うキッカケをつかんだようです。

そして以前、夫との会話の最中に感じた気持ち悪さの原因は、
私が今ある自分の痛みを認めてないことから起こったものだと分かりました。

又、お互いを通じて自分を知ることが出来る今が幸せだと思える時
お互いの距離感は、今ここに「豊かな空間がある」という感覚に変化しています。

ありがたき抵抗

今さらですが、ブログを書くのにとても時間がかかります。
そして書き始めるまでもに時間がかかります。
言葉を選ぶのにも時間がかかり過ぎて、気がついたらそれに捉われている事がよくあります。
いくつかは下書きのままアップもせずに保存されたままで、
今読み返すと、もうその時の感覚からは遠ざかってたりするので削除します。

ブログだけではありません。
ワークで話しをする事も、自分の思いを言葉で伝えるという意味では同じです。
日常生活でいうならば、友だち何人かでいる時も同じ様な事が起こります。
自分が感じた事を話す時、心に浮かんだままを言葉に出来ないことはよくあります。
その過程において『出来ない自分』が、過ごした時間を有効に使えなかったと否定的な気持ちに陥ります。

そんな状態ですから、ここしばらくブログを書くのもワークに参加するのも正直なところ、少し憂鬱でした。
それでも書いた時、参加した時はやはり良かった思える訳なんですが
先日のワークで提案されたブログの毎日更新には
かなりの抵抗感がありました。
ブログスタートの頃や5行日記になった頃の、先に進むキッカケをもらった肯定的な気持ちとは正反対でー。

毎日更新するなんて出来ない!というか、それがいつまで続くのかわからないと想像した時の
ゴールが見えない不安感でいっぱいになり怖くなりました。
そこでは制限されたような息苦しさと、抑え込んでるその制限を打ち破りたいエネルギーの葛藤が起きていて
それでもその場で、何とか回避する方法を探そうとしましたが、逆に思考が働きませんでした。
今だって、出来れば避けたいという気持ちがムクムクと立ち上がって来ます。

客観的に見て例えるならば、たかがブログの事でと思うのかも知れませんね。
ただ、そこに恐れがあるならば、この状況を創り出した自分と
何とか向き合う事の出来る時期が来たんだと、今までの事を思い出しながらそう感じています。
現状に落ち着く可能性だってなきにしもあらずで、
それを感じるからこそ自分の本質に正直になろうする自分と摩擦が起きます。

ブログは単なるキッカケなんだという理解が出来ました。
毎日続くかどうかはわかりません。
ただ書くことを通して、自分の中を観ていくだけで
出来る出来ないを考えて不安になるのも今の時点では必要ないんだと思います。
そうならない自分もいると思えるし、どれも自分の選択次第だから今は良しとしようと思うー。



今回から、5行でなくてもいいはずなのに
4段目あたりで気がつくと、一段落5行に何となくまとめてるー。
毎日更新ではなかったとしても、知らない内に5行でまとめるクセがついてたんだなぁと思うと、
これも又、自分へのサポートになりますね。
ホントはちょっとくやしいけどミッチーに感謝です。




解体作業

今日の2現場目の仕事はベランダ解体のお手伝いでした。

室外機の幅ほどの動線を解体した板を運びだすのは大変でしたが、興味のある現場での作業は楽しく

しかも予定より2時間も早く、日が暮れる前に終了ー。

仕事をしながら最近思うのですが、住宅に関する仕事ってやはり楽しいです。

なんで楽しいかと言えば、人を観察するのが好きというのに近い感じがします。