切り替え地点

ここ最近感じていた悔しさは
元をたどっていけば
今いる世界(社会)に対して感じていたものと
同じ性質のものだったのではないかと
思いました。

幼い頃は家族という小さな囲いの中で
学校に通うようになってからは
道徳や義務教育の中で
仕事に就いてからは会社や上下関係の中で

ずっと何かに抵抗していたけれど
その感覚も月日と共に薄れていったんだなぁと。

無力感が日常の全てに
幕を張っていた感じです。

日常の中でやりたい事が続かない、
やる気は最初だけで尻つぼみ…

なるほど気力が出ないのもよく分かるなぁ…
もうずっと前から自分自身で在ることを
諦めていたんだなぁと思いました。

解釈を今の自分で
最大限に引きのばそうとしているのかも知れないけれど
閉じ込めてしまってた悔しさを
ちゃんと引っ張り出して受け止めなければ
気がつかなかった事がいくつもあったと
分かっただけでも希望でした。

頭の中に浮かぶ感覚を
言葉に中々変換出来ないモヤモヤもまた
体験から得た経験でなければ
自分自身がそれをさせないような
プログラムが働いていたのだと
自ら動くたびに少しづつ実感してます。

これは私にとって悔しさを感じる為の
最適な条件だったかも。
悔しさを通り越して
恨みに近い感覚だったような気もします。

大きなことから小さなことまで
記憶に残る出来事が
一本の線で繋がって納得がいきました。

意識の切り替えポイントだったと
言えるように
動いて結果を出せる自分でいこう。






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