ゴーヤ

今日、ベランダにあるゴーヤの枯れ蔓を刈り取りました。
前に住んでた家の玄関先で育てていたゴーヤは、陽の光もたっぷり浴びて
これから育ち盛りといったところでした。
引越しが決まり、移動させづらい蔓性のゴーヤをどうしようかと迷いましたが
処分するにはに忍びなく
移動時に何とも仕方なく蔓が絡んだ状態で持ってきていました。

蔦が絡んだ上に、環境が変わってストレスダメージを受けたのだと思います。
茎や葉のボリュームは減り、とうとう最後まで実らしい実は付けずに終わりました。
それでも、細々と蔓を伸ばし続けて小さいながらも花をいくつも付けてくれました。
花が咲く度にうれしい気持ちで満たされ、とても愛おしく感られました。

秋になる頃には、ほんの小さな1、2センチ程の実も数個付けてくれて
もう実は付かないかもしれないと諦めていただけに
それを最初に見つけた時には、感動しました。
結局実は大きくはならずに終わったけれど、
晴れた日はいつもベランダに出て
そんな発見をする時がうれしくもあり、楽しくもありー。

冬に入り、下の茎蔓が枯れてきても上の蔓茎は陽の光を浴びながら
活き活きとヒゲを伸ばし続けてました。
植物の生命力の強さもさることながら
ここずっと成長し続けるゴーヤを観察してきて思ったのは
ここで細々と育つゴーヤの在り方にも
希望があるんだということー。

そして朽ちる最後まで身を結ぶ事も出来るという豊かさがあり
これは人の在り方にも共通することだなぁと
とうとう枯れて花をつけなくなったゴーヤの蔓茎を刈りながら
存在の在り方を見せてくれたゴーヤに感謝ー

次は実をつけようね。

ありがとう♡





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