赦し

OM-3
OM-3


先月、『太陽の音』を主催する郁恵の新しいシステムのモニターワークに参加させてもらいました。
これから先の方向性を確認する為のヒントに期待してたからなんですが、
セッションに入る前から思わぬ方向にコマが回り始め
全体的にはまだ地に足がつかない状態でセッションを終了しました。

その時の気づきというか、郁恵の息子さんから受け取ったものがキッカケで
自分の中で長年詰まってた何かが取れかかっているのを感じてました。

この頃はちょうど引っ越しから滞ってた写真整理をしていた事もあり
過去を振り返って記憶をたどりながら、取りこぼしてたものに出会う日々ー。
過去に出会うと同時に、これから先に見え始めた未来に対する創造性も感じ始めていましたが
日常で起こりはじめたシンクロやここ最近の肯定的な自分の選択の結果を
口で言うほど、まだまだ信頼出来ずにいる自分でした。

実は何かがうまくいっても、
心から喜べない…というより喜ぶと冷めるという感覚が近かったかも知れないなー。

セッションの日は何気ない会話からだったと思いますが
幼い頃に亡くなった娘の事に話が及び、本題より先にきたのが

ー本当の(100%)出逢い(を) 受け入れるーだったんです。

それは、(娘と)出会うことに意味があったんだと教えてくれました。

ずっと娘を失くしたことに責任を感じてきたし、
思い出せば後悔はいつもついてきました。
やはり亡くしてしまったのは自分の責任なんだというところで
罪悪感を持ち続ける生き方を選んできたようなんです。
自分を赦せなかったという表現が近いかも知れません。

(もっと踏み込んで言えば自分は加害者で、そんな自分を赦せなかったということになります。
なので、自分はいつも起こる問題には何とかして被害者でいようとしてたんですね。
そんな自分を分かって欲しいと周りに訴えては
「だからもういい加減に赦してよ」って声にも出せず叫んでいたんでしょうね。)こりゃ重いなぁ…

これまでもその事については、だいぶ整理をしてきたはずなのですが
最近の身近なところで起きる事象を捉えるならば、
納得するだけのヒントはすぐそこにありました。


この時点でこれから先に向かうための希望が感じられました。

(続きは次に)






関連記事

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する