マヒ

OM-3
Olympus OM-3


ここ最近の視点の違いは今の私にとって見えなかったものが
急に目の前に現れたような感覚でした。
今まで信じてたものの見方が違って見えた時
少し付き物が落ちたような感覚があり、そして焦りました。
見るもの聞くもの、この世界がとんでもない事になってる。
急に不安が押し寄せました。
そしてずっと胸が騒がしいまま、同時進行してたのは
お金の事でした。
わが家の収支バランスが大きく崩れ
表面的な処理に気持ちが取られている内に
視野が狭まってしまったせいなんだろうー
物理的な困窮状況が避けられなくなったのにも関わらず
危機感が薄かったということに気が付きました。

それは亡くなった娘の命日に
自分の内側を見ていく過程で分かったことでした。
私にとってお金の事は相当問題だったってことー。ずっと前から。
表面的な処理に気を取られて否定的になるのは
お金に対する制限を外してないからだなんて
それはその通り額面通りの答えなんだけど、
そこに何を感じてるかがマヒを起こしてたんだってことー。

感じたくなかったのはお金が払えないってことの惨めさで、
お金が正当に払えない自分を恐れてる。
これを否定せずに今の自分に当てはめて正当化するには
本当の幸せはお金じゃ買えない。幸せになるのにお金は必要ない。
だからそう思う自分でいたいと願ってる。
でも本当はお金を欲してたんだなってー。
それを認めると自分が卑しい人間に思えて嫌悪感を覚えるから認めたくなかったんです。
(本当は気が付いていたんです)
夫に対して話し合いのアプローチは今までもしてはきましたが、
気付いていても認められなかったからなんですね。
いつも交渉決裂でした。

そしてワークがあった次の日(テーマはお金のこと)
前出の話にも書いたけど
お互いの支払いを巡って、家庭内マネー戦争が勃発ー。
丸一日冷戦状態が続きましたが
戦争の反対は話し合い…ということで合意ー。
お金のことについて夫とこれだけ掘り下げて充分に話し合えたのは
実は結婚してから初めての事でした。
今思えば信じられないですね。
そこには亡くなった娘の事、今ある仕事、家族のこと、実家のことなど
日常全般にお金のことが意識と複雑に絡み合っており、
慎重に話をしていく上で、お互いの理解を引き出せたことで和解となりました。
では今後どうするかというとこで条約を締結、冷戦は解消しました。

少し戦争になぞらえて書いたけれど
今のワークの流れやその中で受け取った情報の
そこには違う視点のヒントがあって
日常の出来事は自分の内側で起こってることなんだって
より実感し易くなった気がするんです。

感覚のマヒは日常に在る自分の意識を大切に扱えなかった結果ー。
自分の内側に拡大して薄く広がってしまった否定的な観念は
(全ての流れの中で受ける物理的な側面の影響も大きいけれど)
見えずらいが故に大したことないような錯覚を起こしていたんですね。
ずいぶん長い間、志と信念を持って動くという感覚そのものも
曖昧になってたんじゃないかって感じてますが、
ここの視点からようやく発動を始めたような気もしています。


長くなっちゃいました。







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